

朝ドラ『あんぱん』で製パン指導を担当した竹谷光司さん登壇。Pancierge Salon vol.4レポート

2025年7月にスタートした「Pancierge Salon(パンシェルジュサロン)」。第4回は9月26日、東京・神田のパンと料理の教室「Happy Cooking」で開催されました。ゲストは2025年4〜9月に放送されたNHKの連続テレビ小説『あんぱん』で、製パン指導を担当した竹谷光司さんです。お話のテーマは「『あんぱん』をお手伝いして」。ドラマの制作裏話に参加者は興味深く耳を傾けました。
竹谷光司さんプロフィール

「TSUMUGI」の竹谷光司さん。「Happy Cooking」にサインを書き入れました。
1948年北海道生まれ。北海道大水産学部を卒業後、大手パンメーカー入社。3年間旧西ドイツ(現ドイツ)でパンの研修を受ける。1974年に帰国し、大手製粉会社で小麦粉の開発や研究に携わる。在職中には日本の若手リテイルベーカリー有志とベーカリーフォーラムを立ち上げるなど、日本のベーカリーの技術向上や盛り上げに寄与。2010年、千葉県佐倉市に「TSUMUGI(つむぎ)」を開店。2025年4月から半年間にわたって放送されたNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』で製パン指導を担当。
役者さんたちの器用さに感服! テレビドラマの製パン指導

開催日は、朝ドラ『あんぱん』最終回が放映された日のでした。
月末に近い金曜日の夜にもかかわらず、会場には熱心なパンシェルジュが集合。竹谷さんも細かなプレゼン資料とあんぱんを用意してくださりサロンがスタートしました。
竹谷さんは、今年喜寿を迎えた業界では知られたパン職人。大手製粉メーカーを退職後、千葉県佐倉市に2010年にご自身のお店「TSUMUGI(つむぎ)」を開き、現在お店は息子さんが引き継がれています。その傍ら、「日本パン技術研究所」でパンの歴史の授業も担当しています。
そんな竹谷さんが、なぜドラマの製パン指導を引き受けたのかからお話はスタート。朝ドラ『あんぱん』は昭和2年から戦中・戦後を舞台にしたシーンにパンが登場することから、製パン技術や歴史に詳しい竹谷さんが抜擢されました。竹谷さんも時間的な余裕があり、テレビドラマ制作というこれまで関わったことのない世界に強く興味を持ったことから、製パン指導を引き受けた経緯を語ってくれました。

会場では竹谷光司さんの著書も紹介されました。左から『プロベーカーが選ぶこれからの製パン法 さらに美味しく、もっと省力化、より計画的に』(旭屋出版 / 3,080円)『新しい製パン基礎知識』(パンニュース社 / 1,980円)『一からのパン作り』(旭屋出版 / 3,080円)。
2024年6月に話がまとまると、翌月から俳優さんたちにパン作りの指導が始まりました。屋村草吉を演じる阿部サダヲさんや朝田家三姉妹を演じた今田美桜さん、河合優実さん、原菜乃華さんにもパン作りを指導。
「みなさん、本当に短時間でコツをつかんでいました。役者さんの器用さ、感の良さには感服します。しかもみなさんお忙しいので、パンを発酵させている間に、なぎなたや裁縫の練習に行くんですよ」とドラマの裏側で、俳優さんたちが役作りに飛び回る様子にも随分驚いたことを話してくれました。
一部苦戦?! ストーリーの時代や状況に合わせたパン作り

プレゼン資料には、阿部サダヲさんに製パン指導中の写真も。
ドラマで最初にパンが登場するのは、風来坊のパン職人、屋村草吉が御免与町のうどん屋さんであんぱんを焼いて、子供たちに振る舞う場面です。製作陣から竹谷さんに、オーブンのないうどん屋でパンが作れるかを検証してほしいと依頼があったそう。そのため自宅の鍋にパン生地を並べ、下火はガス、蓋の上から火のついた炭を置いて実験。数個であればパンが焼けることがわかりました。それからもっとたくさんのパンをオーブンなしで焼く方法を模索しましたが、高温を保つための密封状態を作ることがいかに難しいかを痛感したのだとか。
ドラマで登場する朝田パンの開業には、石窯が作られます。この石窯は長野県松本市のドイツパン店「ブロート・ヒューゲル」を営む中川泰照(やすてる)さんが作り方を指導。竹谷さんも松本に出向いて手作りの石窯であんぱんを焼く実験に参加しました。
川の石を積み上げて、隙間に田んぼの泥を詰め、木に濡れタオルを巻きつけた蓋をする原始的な石窯です。サロンではそのときの動画が披露されました。粗野な見た目の石窯から美しく焼き上がったあんぱんが出てくると、参加者のみなさんから「わーっ!」と感嘆の声が上がりました。竹谷さんも予想以上にいいあんぱんが焼けたことに驚いたと話していました。
ドラマでは、何種類かのパンが登場しますが、その多くが竹谷さん自ら当時のパン作りを再現したものです。このために複数のパン屋さんからも協力を得ました。昭和初期のパン作りの道具として沼津の老舗パン屋さんから天板、食パンの型、焼き上がったパンを冷ますための竹製のすのこなどを借りました。屋村草吉が欧州戦線で死んだ仲間のポケットからとるビスケットは、福井のパン屋さんが今も作っている軍隊堅パンのレシピを提供してもらったそう。加えて草吉が大事に持ち歩いていた瓶の中身は本物の酒種だったというから驚きです。

生き生きとした表情のアンパンマンは、細かな作業で出来上がりました。
アンパンマンのミュージカルが行われたときに、草吉が持ってきたアンパンマンのあんぱんは、102個を製造。目はレーズンをハサミで切って大きさを揃え、眉毛と口はチョコレート生地を爪楊枝程度の太さにし、鼻とほっぺは生地を2gずつ丸めたものを300個準備して顔を作ったという手の込んだものです。
ドラマで使ったパンの中でいちばん大変だったと語ったのは、戦後に草吉が焼いたとうもろこし粉と芋で作ったあんぱんでした。当時の物資のないころに見合ったパンを作ろうと、コーンフラワーと小麦を混ぜたものを材料にしたところ「時代考証の担当者から、こんなおいしそうなパンは終戦後はないはずですと却下されました」と苦笑い。竹谷さんの技術力やアレンジ力では、当時のような材料だけでも、ちゃんとしたパンが作れてしまったのです。熟練の職人がわざとおいしそうに見えないパンを作ることが、いかに難しいかが伝わるエピソードです。
パンと小麦のスペシャリスト竹谷さんの新たな挑戦は?

参加者に配布されたあんぱん。ケシの実付きで中身は小倉あんでした。
質疑応答の時間になると、参加者から様々な質問が投げかけられました。その中の「これからチャレンジしたいことはありますか?」という質問に、「役者さんたちの仕事を見て、これからはまったく違ったパンを作らなきゃいけないと感じています」と竹谷さん。役者さんたちが台本にプラスアルファして演技している姿に大きく影響されたのだそう。
そのまったく違ったパンのひとつとして、竹谷さんが考えているのは、今日本で栽培されている国産小麦のおいしさを引き出したパンのようです。
「フランスでもインドでも、その土地で育った小麦の特性に合ったパンが作られて食べられてきました。最近の国産小麦は、日本人の味覚に合うように改良されたものです。だから逆に言うと、日本の国産小麦でいちばんおいしいパンっていうのは、誰もまだ開発してないんです」と新たなチャレンジへの意欲をにじませました。

参加者の中にはパン作りで困っていることを竹谷さんに質問する人も。
参加者には日常的にパン作りをしている人も多く、中には酒種でパンを作っている人も。ドラマにまつわるお話以外にも、パン作りに関する質問が飛び交うなか、参加者たちは竹谷さんの話に耳を傾け、充実したサロンとなりました。
パンシェルジュのみなさんが集う「Pancierge Salon」。今後もパンにまつわるさまざまなプロを招いて、ますます奥深い世界を知って楽しむ機会を提供していきます。ぜひご参加ください。
申込はこちらから!
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「Pancierge Salon」
ー次回以降も豪華なラインナップー
Vol.5 2025年10月15日開催「C.P.A.チーズ検定講師」丹下慶子さん登壇で「チーズ」に迫る!チーズ&パンのペアリング体験も。
2025年11月以降も様々な企画を準備中!
※本イベントは定員がございます。
※本イベントはパンシェルジュ検定合格者及び第31回パンシェルジュ検定申込者のみ参加可能です。
※先着順となっております。上限に達し次第申し込みを締め切ります。