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明治5年創業の茅ヶ崎「熊澤酒造」。150年の歴史ある酒蔵がパンを作るのはなぜか。
開発物語

明治5年創業の茅ヶ崎「熊澤酒造」。150年の歴史ある酒蔵がパンを作るのはなぜか。

野崎 さおり
野崎 さおり

「熊澤酒造」は神奈川県茅ヶ崎市にある老舗の造り酒屋です。酒蔵のある敷地で「mokichi bakery&sweets+wurst(モキチ ベーカリー アンド スイーツ プラス ブルスト)」を開いてパンを販売しています。どうして酒蔵がパンを?という疑問を胸に、マネージャーの酒井康平さんとパン製造責任者の赤池紳さんにお話を伺いました。

おいしい日本酒づくりへの準備期間を救ったビールから、ベーカリーが誕生

レストランやベーカリーのある場所の入り口。雰囲気たっぷりです。

──日本酒の酒蔵がパン屋さんを開くことになったのはどうしてですか?

酒井さん(以下敬称略)「熊澤酒造」は2022年に150周年で、明治5年から日本酒をつくっていますが、今は地ビールも製造しています。

ビールをつくると商品にならないロスのビールが必ず発生します。ドイツではそのロスビールを水の代わりにしてパンを作っているそうです。それならうちの会社でもやろうとパンを作ることになりました。

ベーカリーで買ったパンは、敷地の中央にあるオープンテラスでも食べることができます。

──老舗の酒蔵がビールもつくっているんですね。ビールはいつからつくっているのですか?

6代目で現在の社長、熊澤茂吉が家業を継いだ1990年代中頃です。それまで大量生産の安価な日本酒を造っていました。同じような酒蔵はどんどん淘汰され、「熊澤酒造」も廃業の危機に陥っていました。

そこで現社長が方向転換し、高品質の酒を少量生産することに決めました。でも、改めて品質のいい日本酒を造ろうとすると、5年は時間がかります。その間は出荷できるお酒がない。つまり売り上げが見込めないわけです。

ちょうど酒税法が改正されて、地ビールブームが起こっていた頃でした。ビールは3カ月ほどで出荷できます。そこでビール製造を学んで、できたのが「湘南ビール」です。

今後発売予定のウェイスキー発酵タンク。限定ビールの熟成にも使用。

その後は、つくっているビールを飲める場所として敷地内にレストランを開いたり、出荷できないビールでパンづくりをし、そのパンが食べられるカフェもオープン。複合施設として営業していて、結婚式をなさる方もいますし、遠方から来た大切な人をもてなすための場所としても利用していただいています。

買ったパンは隣のカフェで食べることもできます。「ぜいたくチーズパン」(320円)、「熟成粕ロール」(270円)、「アイスラテ」(560円)。

──おいしい日本酒づくりは成功したのでしょうか?

酒井 日本酒は純米酒を中心としたブランド「天青」として販売しています。特約店中心の販売で、もちろん自社のレストランでも飲めますよ。

ビールを使った生地や、酒粕入りの生地だけじゃない「酒蔵らしさ」

「酒かすあんぱん」(200円)と「ごまあんぱん」(230円)。

──赤池さんはパンの製造責任者という立場ですが、パンづくりにはいつから携わっているのですか?

赤池さん(以下敬称略) 僕は2013年に新卒で入社しました。学生時代に勉強していたのは、ビールの製法を中心とした醸造学です。入社したときは、いつかはお酒のほうへ、と思っていました。

パンづくりの実務は入社してから学びましたし、最初はきついと感じることもありました。しかし、パンづくりは実際にやってみて分かることが多く、パンを作ることも食べることも好きになりました。

製造責任者になって5年ほど経ちましたが、他のパン屋さんにはない、酒蔵らしさがうちにはあると実感しています。ビールを使ったパンなど、入社前からあるパンの味は、この店の伝統としてしっかり守っていきたいと思っています。

──1日に何種類ぐらいのパンが並んでいますか?そのなかにビールで作っているパンは、何種類ありますか?

左から「レザンノア」(380円)と「パン・ア・ラビエール」(360円)。

赤池 全部で50種類前後で、ビールを使っているパンは7種類ほどです。代表的なのは「パン・ア・ラビエール」というパンで、同じ生地で具材などを変えて数種類ご用意しています。「カンパーニュ」にもビールを少量使っています。

「パン・ア・ラビエール」は、タイガーブロートの手法で、外をサクサクさせています。少しビールの香りを感じるという人もいますよ。

──ビールを使うことで、難しいことはありますか?

赤池 お酒を造る、酒造部から提供されるビールは、日によって種類が変わります。10種類ほどあるビールには、色が濃いものも薄いものもあるので、出来上がりの色が変わらないように気をつけています。ただ、少しずつ仕上がりが違うことは、この店らしさだとも思っています。

──受け継がれているものがあるいっぽうで、赤池さんが開発したパンはありますか?

「塩ぱん」(240円)、「ぜいたくチーズパン」(320円)、自家製ソーセージクロワッサン(370円)。

赤池 最近では「ぜいたくチーズパン」というビール生地を使ったチーズのパンをつくりました。「パン・ア・ラビエール」と同じように、表面がサクサクとしています。中にはチーズがたっぷりでもちもちです。

9月にビールのイベントを行ったときには、数量限定の食パンを作りました。酒粕と日本酒を使っていて、日本酒の甘さがうまく出たパンになりました。手間がかかるので次回の発売は未定ですが、好評だったので、また食べてもらえる機会を作りたいと思います。

──他に、酒蔵ならではのパンにはどんなものがありますか?

赤池 酒粕を使ったパンが複数あり、生地から独特の風味が感じられます。一般的な白い酒粕だけでなく、黒っぽくなった熟成酒粕を使ったパンも作っています。

ビール以外でも酒造部から提供される材料はそのときどきで違うので、それを取り入れるために試行錯誤しています。今、試作に取り組んでいるのは、「さざなみ」というスパークリングの日本酒をつくるときに出る酒粕を使ったパンです。この酒粕も他とは違う風味があって、おいしくなると期待しています。

近所の方にも大人気の「角食パン」(1斤390円 2斤 770円)。

──やっぱり人気があるのはビールを使ったパンなのでしょうか?

赤池 他のお店にはないパンは注目されがちですが、近所の方が日々買いに来てくださる王道のパンはたいせつに作っています。特に角食パンが人気ですよ。

いつかソーセージよりビールに合うパンを作りたい

──初めて訪れた人に、「パン・ア・ラビエール」にプラスして食べてほしいパンはありますか?

酒井 実は僕たちは2人とも「レザンノア」が好きなんですよ。

赤池 中種法で作っていて、ビールは入っていないですし、他に特別な材料を入れているわけではありません。でも、すごくおいしく仕上がっています。初めての方にもお勧めします。

マネージャーの酒井康平さん(左)とパンの製造責任者の赤池紳さん(右)。

──今後どんなパンを作りたいといった希望はありますか?

赤池さんがビールの相性では超えられないという自家製ソーセージ入りの「ビアチョリソー」(290円)。

日頃、ビールと合うものを考えてパンを作っていますが、まだこれだというものはありません。自家製のソーセージを使ったパンもありますが、ソーセージ単体で食べるほうがやっぱりビールと合うと感じます。いつかソーセージ単体を超える、心の底からビールと一緒に食べたいと思うパンを作ることは会社としても課題だと思っています。


JR相模線の香川駅から徒歩10分ほどのところにある「熊澤酒造」。敷地内は緑豊かで、古い土蔵や移築した古民家などがあり、まるでテーマパークのようです。和食とイタリアンのレストランや、作家によるクラフト製品などを販売する雑貨店もあり、ゆっくりと過ごすことができます。

酒蔵がつくるビールを使ったパンを買いに、お出かけしてみてはいかがでしょうか?

■ mokichi bakery&sweets+wurst

住所
神奈川県茅ヶ崎市香川7-10-7 熊澤酒造
電話番号
0467-52-6144
営業時間
10:00~17:30 ※売り切れ次第終了
定休日
第3火曜日 ※8・12月は無休

WRITER

野崎 さおり

野崎 さおり

ライター。2017年パンシェルジュ検定2級合格。カンパーニュなどのハード系とクロワッサンが好き。旅の目的にはパン屋さん巡りとローカルフードの実食を必ず入れ、旅が「パンの仕入れ」になっていると揶揄されることもしばしば。早起きが苦手なのがパン好きとしての最大の弱点。

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