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被災者の声に応えて完成。「パン・アキモト」が世界に羽ばたかせる元祖・缶入りパン。
開発物語

被災者の声に応えて完成。「パン・アキモト」が世界に羽ばたかせる元祖・缶入りパン。

野崎 さおり
野崎 さおり

毎年9月1日は防災の日。防災用品の確認はお済みですか? 最近の防災用の食品は、長期保存可能なのに、味もふだん食べているものと遜色ないものが増えてきました。もちろんパンも例外ではありません。その先駆けがパン・アキモトのパンの缶詰です。1996年に、長く保存できるパンの缶詰を世界で初めて開発した、パン・アキモト社長の秋元義彦さんに開発背景を伺いました。

「やわらかくて長持ちするパンを作って」。1995年阪神大震災被災者の声が開発のきっかけに

パン・アキモト

──パンの缶詰が生まれる前は、どんなパン屋さんだったのですか?

駅前にあるような、いわゆる町のパン屋です。昭和22年に父が始めたパン屋で、戦後間もなくは配給のパンを扱ったと聞いています。それから学校給食のパンを作ったり、スーパーマーケットの一角に出店したりもしていました。

──パンの缶詰は1995年の阪神大震災がきっかけで生まれたそうですね。

阪神大震災で被災した方から作ってほしいと言われて開発しました。

阪神大震災当時、たくさんの知り合いが神戸に住んでいました。パン屋なのだから、トラックで焼き立てのパンを神戸に届けようということになりました。

私の家族はクリスチャンということもあって、牧師さん達が協力してくれました。神戸まで、宇都宮、鎌倉、京都と各地の牧師さん達が1台のトラックをリレー形式で運転してくれたんです。

──トラック1台にどれくらいのパンを持っていったんですか?

2000食です。当時は防災食というと固くて食べにくい乾パンばかりで、アキモトのパンを食べた人、特にお年寄りや歯の悪い人はやわらかいパンをとても喜んでくれたと聞きました。

ただ、全部がすぐに配布されたわけではなくて、少しずつ配られたようで、日数が経ち一部がダメになってしまいました。お礼の連絡をくれた人から、2000食のうち食されなかったものがそれなりの数あった、と教えてもらったんです。

パン職人2人が試行錯誤の末に辿り着いた缶と紙

──食べ物が貴重な状況だったはずなのに、残念でしたね。

そうなんです。それで被災地から「やわらかくておいしくて、なおかつロングライフのパンはないの?」という声が届きました。「そんなものは世の中にありませんよ」と答えると、「ないなら作ったらどうか」と言われました。

それならと、当時のベテラン工場長と私という職人2人で「ちょっと試してみよう」と面白半分で試作を始めました。当時は30人弱従業員がいる程度で、今以上に小さな会社です。研究施設も知識もありません。最初はまったくうまくいきませんでした。

でも、しばらくすると神戸から電話がかかってくるんです。「ロングライフのパン、うまくいってる?」と。こんな風に試したけど、だめだったと話すと、「もっと別の方法を試してみてほしい」とお尻を叩かれるわけです。

パン・アキモト
「PANCAN 賞味期限37ヶ月シリーズ」

──壁を破るブレークスルーはどこにあったのですか?

2つの大きな要素がありました。1つ目は容器を缶にすることです。

それまでは真空パックなのか、別の特殊な容器が必要なのかと考えていました。本社のある栃木県は農業が盛んな土地で、近所には農産物の加工場があります。そこで、たけのこの水煮のようなものが缶詰にされているのを見て、ピンときました。それで加工場に頼み込んで、機械と缶を利用させてもらいました。

それから、製造ラインに合った容器の殺菌方法も課題でした。缶ならパンを焼くオーブンで焼いてしまえば殺菌できます。でも、いざ缶の中で生地を発酵させて焼いてみると、パンが缶にくっついてしまったんです。

缶と生地の間になにか分けるものが必要だと考えました。パン屋にはベーキングシートがありますから、パンの周りにベーキングシートを入れて焼いてみると、今度はスルッと紙だけ抜けてしまい、パンが取れなくなったんです。しかもベーキングシートは高価なので、コストの面でも大量生産に向いていません。

パン・アキモト

──安くて、焼き上げたあとでもパンにくっついている紙が必要だったんですね。

それだけではありません。熱に強いことと、焼き上がりに蒸らしているので、水にも強くないといけません。

──焼き上がりにパンを蒸らすんですか?

はい。焼き上がってから蒸らすのが私たち独自のやり方です。パン屋の常識では、どんなパンもオーブンから出したら粗熱をとります。そうするとパンに含まれた水分も蒸発しますね。

「パン・アキモト」では、焼き上がったらすぐに、熱々の状態で缶の蓋をします。蓋をすることで、逆に水分を閉じ込めてやわらかいパンができるだろうと考えたら、それがうまくいったんです。

パン・アキモト

──確かにパンの缶詰を食べたら、予想以上にやわらかくしっとりとしていて驚きました。

蓋をすぐに閉めてしまうのには、もうひとつ目的があります。焼いて殺菌した後に、パン工場にたくさんいる空中浮遊菌を中に入れないためです。しっとりとしたおいしさを保つだけではなく、安全性の高さにもつながるんです。

──熱と水分に強くて、パンがくっついて、しかも安い紙はすぐに見つかったのでしょうか?

日本にある製紙会社ほとんどに問い合わせましたが、総スカンを食らいました。商社で働いている知り合いが海外で見つけてくれたのが今の紙なんです。特殊な紙には見えないでしょうが、アキモトのパンの缶詰にはなくてはならない紙です。

──それで今の形のパンの缶詰ができたのですね。開発期間はどれぐらいでしたか?

約1年です。完成して25年以上が経ちましたが、2004年中越地震や、2011年東日本大震災、2016年の熊本地震でもパンの缶詰は被災地で喜ばれました。2009年3月にはNASAのスペースシャトル、ディスカバリーにもパンの缶詰が乗ったんです。

私には4人の子どもがいますが、パンの缶詰は5人目の子どものようなものです。5人目の子どもが一番活躍していると、長男がよく言っています。

防災備蓄から国際貢献につながるシステムも提供

──ホームページに救缶鳥プロジェクトというものが掲載されていますが、どんなことをされているのでしょうか?

捨てられてしまう前にパンの缶詰を集めて、困難に直面している地域の人に送るのが救缶鳥プロジェクトです。防災備品として買っていただいた商品を、賞味期限が来る前に寄付していただくシステムです。

なんと言っても、備蓄用のパンの缶詰は食べる必要が生じない方がいいという商品です。一方で、賞味期限まで安全に食べていただけるよう、細心の注意を配っている自負もあります。私たち職人としては、せっかくだから食べてもらいたいという気持ちも持っています。

救缶鳥プロジェクトのパンの缶詰を手にする秋元義彦さん。

そこでNGOなどと連携して、学校や企業、一般家庭で備蓄されている缶詰を賞味期限が来る前に寄付してもらうことを考えました。集めたものを、アジアやアフリカの食糧が不十分な地域に送る国際貢献をしたり、災害が実際に起きた地域に送る仕組みです。

特に私立の学校などで、PTAなどで新入生用に買ってもらって、卒業と同時に寄付してもらうようになっています。缶にメッセージを書き込めるようにもしました。各学校や企業のホームページに掲載できるように、義援先から届いた写真やレポートをメールやホームページでご報告し義援の見える化を行っています。

──国際貢献もできるんですね。最後にぱんてな読者のパン好きの皆さんにメッセージをお願いします。

防災の日に合わせて、備蓄の見直しをされる方も多いと思いますが、アキモトではホームページにリマインダーサービスを用意しています。パンだけでなくて、水や他の食品なども一緒に賞味期限を登録して、近くなるとリマインドを送るサービスです。パンの缶詰(PANCAN)と一緒にぜひ利用してください。

防災備蓄品の常識を変えたとパン・アキモトのパンの缶詰。被災者の声に応えて生まれた商品が、国際貢献にも繋がるようになっているんですね。PANCANを食べてみましたが、確かにしっとりとしていて、やわらかな口当たり。不安な状況に置かれたときに、少しほっとできそうな気がします。

家族が自宅にいる時間が増えたぶん、防災用品も余裕を持って準備しておこうと考えている方も多いはず。家族の口に合うものを探しておくことも、いざというときのためには重要かもしれませんね。

今回、ぱんてな読者のために「PANCAN 3缶セット」のプレゼントをご用意いただきました。是非ご応募ください。応募はこちら

「パン・アキモト」

WRITER

野崎 さおり

野崎 さおり

ライター。2017年パンシェルジュ検定2級合格。カンパーニュなどのハード系とクロワッサンが好き。旅の目的にはパン屋さん巡りとローカルフードの実食を必ず入れ、旅が「パンの仕入れ」になっていると揶揄されることもしばしば。早起きが苦手なのがパン好きとしての最大の弱点。

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