食べるだけじゃないパンの魅力に取り憑かれて、パンで作ったランプ「パンプシェード」
「パンプシェード」はパン屋さんで売れ残ったロスパン、つまり本物のパンを加工してできたランプです。手がけているのはアーティストの森田優希子さん。2016年にブランドを立ち上げ、今や海外からもたくさん注文があるほど人気です。この「パンプシェード」について、開発の経緯から今後の作品制作についてお話を伺いました。
あたたかくて毎日表情が違う。食べもの以上のパンの魅力を楽しみたい
──森田さんは神戸にお住まいで、学生時代は京都で過ごされたそうですが、京都も神戸もパン好きにとってはすごい街です。
京都も神戸もパンの消費量が多くて、おいしいパン屋さんがいっぱいあります。子どもの頃から母のパン作りも見ていました。偶然にもその環境に私がいたから、出会えたパンの魅力があって、今の活動にも結びついたのかもしれません。
学生時代は京都にある小さなパン屋さんで働いていました。そのお店のパンがとてもおいしくて、それまで以上に「焼き立てのパンってこんなにおいしいんや」「固いパンの魅力はこんなに奥深いんや」と、どんどんパンに惹かれていきました。
──そんなおいしいパンも売れ残ると捨てられてしまうのが耐えられなかったそうですね。
食べ物としてのパンが捨てられて、もったいないだけなら、どうやって食べるかを考えたと思います。毎日パンを見ていると、パンにはひとつひとつに表情があると気づきました。どこか有機的で、生き物みたいだ、と。
それでパンのものとしての魅力、あたたかくてやさしくて、見ていてほっこりしてしまう魅力をロスパンを使って引き出すことはできないか。そう考えて、パンを使った作品を考え始めました。
芸大に通っていたので、日々の作品づくりのなかで、最初はパンをモチーフとして絵に描いたり、写真を撮ったりもしていました。ところが、絵に描いたパンよりも私が惹かれるのはパンそのものだと思うようになりました。
働いていたパン屋さんで余ったバゲットとかバタールは、まるでパンを生けるみたいな感じでバスケットに入れて、部屋に置いたりするようになりました。インテリアとしてパンを楽しむことを考え始めていたのですね。
ある日、中身だけくり抜いて食べたパンに西日がさした
あるとき、パンをクラムだけくり抜いて食べていたら、窓から西日がさして、パンが光ったように見えました。はっとして、手元にあったデスクライトにくり抜いたパンをかざしてもみました。すぐにホームセンターに白熱球を買いに行ってパンに挿してみたんです。それがパンプシェードの作品第1号です。
当時の私は何に向かっているのか、まだわかっていませんでしたが、とにかくパンの魅力みたいなものをキャッチして、表現したいと思っていました。それがいちばん表現できたのがパンのライトだったんです。
──それから今の「パンプシェード」になるまで、どれぐらい時間がかかりましたか?
大学時代は素案ができた状態で、それから今のような形になるまで5年ぐらいかかりました。特に防腐防かびについては、ノウハウも知識もなかったので実験を繰り返しました。
ホームセンターでめぼしい塗料などを買って試しては失敗して、塗料に詳しい人や木材に防腐処理をしている人にアドバイスをもらって現在の形になりました。
電気関係にも詳しくなかったので、単3電池に銅線を繋いで豆電球を光らせるような、まるで小学生の電子工作のようなことから始めました。生まれて初めて電子パーツ屋さんに行って、「パンを光らせたい」と言ったところでわかってもらえないだろうと、いろいろと説明したりもしました。
今の状態が最終形かというとそうでもないと思っています。もっと完璧な加工がどこかにあるかもしれないし、もっと長持ちする光源や電池もあるかもしれません。今でも新たな実験はちょこちょこやっています。
つい最近解決できたこともあります。カンパーニュなどのパンには小麦粉が白く残っているものがありますよね。これまで「パンプシェード」に加工すると、白い小麦粉が透明になってわからなくなってしまいました。
ところが最近、加工技術に新たな磨きがかかって、粉の白い部分を残せるようになりました。小麦粉が見えるとクープも引き立つようにもなって、思い描いていたものに大きく近づけたと思っています。
繊細な本物のパンから、ひとつひとつ手作り
──「パンプシェード」には、バゲットやバタール、カンパーニュなど色々な種類がありますが、加工するのが難しいパンはありますか?
クロワッサンには今も苦労しています。中身をくり抜くと、とても繊細な状態になりますし、層が剥がれやすいです。表面が剥がれたら、ピンセットで戻しています。防腐防かび加工に使う塗料とバターとの相性が悪くて、なかなか塗料が生地に染み込まないということもあります。
形として難しかったのは、パン屋さんに頼まれたプレッツェルです。形が複雑なので、くり抜くのも大変ですし、その後の電気配線も大変でした。
それから、今年依頼を受けたガレット・デ・ロワも繊細で難しかったです。パン屋さんから新しいチャレンジしがいのある課題をもらうのもありがたいことです。結果としてどちらも納得のいくいいものができたと思っています。
──ナンを使った時計も発表されましたね。
「今ナン時?」という名前です。サルバドール・ダリの『柔らかい時計』という作品から着想を得ました。
ダリもパン好きだったそうで、スペインにあるダリの美術館は、外壁にパンのモチーフが敷き詰められているんですよ。いつか行ってみたいと思っています。
──制作過程でくり抜いたパンのクラムは、ラスクとして販売されていますね。
ラスクは2020年に販売を始めました。それ以前は、くり抜いたクラムは家族や会社の人とパンプディングなどにして食べていました。パンプシェードを作る量が増えると、クラムも増えてしまいます。それで、どうにか販売できないかと。
ラスクなら日持ちもするし、作ってくれる知り合いもいました。今は少しずつ味のバリエーションも増やしたりしています。
これまで個人的にいろいろ食べ方のバリエーションを試してきたので、もっと活用できたらいいのになと思っています。食べることも含めて、パンを楽しみ尽くすのもパンプシェードの目的なんです。
──今後はアーティストとして、どのようなことにチャレンジしていきたいですか?
今も、ひとりのパン好きとして活動していると思っています。「パンプシェード」は、ロスパンという本物のパンを使って、手作りしているので大量生産はできません。数は少なくても、本当にパン好きの方に地球の裏側でも届けたいと思っています。
自宅ではパンを作ることもあります。パンを作っていると、粉を混ぜてまとまりがない状態から滑らかでとろりと柔らかなパン生地になって、あたたかな温度も感じられます。そういうパン生地の特徴、手触りやあたたかさにあるパンの魅力を表現する作品にチャレンジしたいと思っています。
ロスパンの問題も含めて、パンひとつとっても、いろんな世界があることを「パンプシェード」を通して知っていただけるといいなと思っています。
パンの形や色味のかわいさ、ほっこりとした佇まいなど森田さんのお話はパン好きとして頷けることばかりでした。そのままでは取って置けないパンの魅力ですが、「パンプシェード」なら部屋に置いて眺めることができます。パン好きではなくても、やさしい気持ちになれそうなアイテムです。
■YUKIKO MORITA
- 公式サイト
- https://pampshade.com