常滑焼の窯元はなぜパンを焼くのか。常滑の新名物「かめパン」の謎に迫る
知多半島の中央部西岸にある愛知県常滑市は常滑焼の産地として知られています。その常滑で、2021年9月「かめパン」が誕生しました。「かめ」は動物のカメではなく、かつては多くの家庭で梅干しや味噌などを保存していた甕(かめ)。しかもパンを作っているのは焼き物の窯元。この不思議な組み合わせに迫るため「かめパン」を販売する「TOKONAME STORE」へ。運営する山源陶苑の鯉江優次さんにお話を伺いました。
「かめパン」を生んだのは900年を超える歴史ある焼き物の街、常滑で新しいチャレンジを繰り出す「山源陶苑」
──「かめパン」誕生秘話の前に、まずは山源陶苑について教えてください。
「山源陶苑」は1967年に祖父が創業した会社で、僕は3代目です。常滑焼にはおよそ900年もの歴史があるので、その中では新参者だと思います。祖父と2代目だった父の時代は、茶色い甕と干支の置物を中心に作っていました。
僕自身は大学卒業後、東京で焼き物を扱う商社で8年ほど働いていましたが、祖父が亡くなったあと、家業に入って職人としてものづくりを始めました。それから新しいデザインの食器を作ったり、取引先の要望に応じた焼き物を少量多品種生産するなどしています。
──「TOKONAME STORE」は、おしゃれな雰囲気ですね。いつオープンしたのですか?
2015年です。伝統産業の産地は作り手は作ることに専念して、地元の問屋を通して東京や大阪といった消費地にものが届くというシステムが古くからあります。僕は作り手が直接売ってもいいだろうと思って、この店を開くことにしました。
同時にたくさんの人に焼き物やものづくりのことを知ってもらう場所にしたいと、焼き物を作るワークショップや、甕の使い道の1つ、味噌づくりをするワークショップなども行っています。
発酵文化圏、知多半島。甕とパンは発酵で繋がっている
──そんな山源陶苑が、パンを作ることになったのは、どうしてなのでしょうか?
理由はいくつかあります。もともと祖父の生家がうどん屋だったこともあり、飲食店を開きたいと考えていたんです。ただし、メインは食べ物よりも焼き物。つまり窯元がやる飲食店だから、こんな風に焼き物を使った食べ物を出しているという風にしないと意味がないと思っていました。
今や常滑では山源陶苑しか作っていない甕ですが、なぜ常滑で作られ続けてきたかというと、知多半島が発酵文化の場所だということと関係があります。常滑の隣、半田市には全国的にも有名なミツカンがありますし、知多半島全体に豆味噌やたまり醤油を作っている味噌蔵や酒蔵がたくさんあります。甕作りは発酵食品と一緒に成長してきたという歴史的背景があるんですよ。
発酵を利用する食品はいろいろありますが、パンは多くの人が毎日のように食べるものです。同時に陶器を型にしてパンやお菓子を焼くことは海外に例もありますし、以前常滑にもパンを焼くための陶器の入れ物を作っている会社があったこともヒントになりました。
──焼き物についてはプロですが、パンを作るのは初めてですよね。レシピは自社で開発したのでしょうか?
レシピ開発は母が中心となって1年ほどかけて行いました。母は父と一緒に焼き物の職人として忙しく働いてきた人ですが、僕と弟が子どもの頃はパンを焼いてくれることがありました。昨年父が他界したことで時間ができたようだったので、「甕に入れて焼いたパンを作って売ってみたいんだけど、考えてくれないか」と頼んでみたんです。そうしたら母はいつの間にかいろんな資格をとって準備してくれました。
専門家の人が「おもしろそうだし、手伝おうか」と言ってくれたんですが、僕たち焼き物の職人も自分でやり方を確立するものなので、自分たちでレシピを作る方が窯元が作るパンらしいと考えました。
熱がゆっくりじっくり伝わる陶器の型で焼いたしっとりふっくらしたパンに
──「かめパン」の特徴はどんなところにありますか?
「かめパン」は少し強めに塩を効かせたシンプルな塩パンです。昔、窯元では職人たちが熱中症予防に塩を舐めながら仕事をしていました。そのことから、僕たち職人が仕事の途中に食べるパンをイメージしています。
型が陶器なので熱がゆっくり均一に伝わります。内部はしっとりふっくら、甕の外側はカリッとしたパンです。
──焼き物の窯とパンを焼くオーブンは、当たり前ですが全く別ですよね。
パンを焼いているのは工房の3階です。だから3階ではパンをこねて甕に入れてオーブンで焼いていて、1階では土をこねて甕の形を作って焼いています。窯の温度は全く違いますね。パンは260度、焼き物は一度800度で素焼きして、その後釉薬をかけて1200度で焼きます。共通しているのはエネルギーに電気を使っていることぐらいです。
──サイトには「かめパン」の甕を再利用してほしいとあります。甕もたくさん売れた方がいいのではないですか?
常滑焼に使うのは地域の土なのですが、この先50年もすると土が取れなくなるかもしれないと危惧しています。再利用を促すことで、僕ら作り手からこの土が有限だと伝えたいと考えています。
それで、牛乳瓶みたいに店に戻してくれたら100円リファンドすることにしています。家庭でも再利用してもらいたいので、甕を使ったレシピをインスタグラムなどで発信していくことにしています。
すでに購入したお客さんたちが甕を使った料理やパン、お菓子をインスタグラムに投稿してくれていて、それも嬉しく思っています。
その中で甕を使ってパンやケーキを焼いてくれた人がこう言っていました。
「一般的な金属の型で作ったときと、甕に入れて作った時では全然違う。断然しっとりしている。甕には力があるんだね」と。
「かめパン」を作るにあたって、甕という昔からの道具が、今の生活にも溶け込んでくれるきっかけになってほしいと思っていました。だからその言葉を聞いて、やる意味があったなと思いました。
誤算だったのが、別売りにしている甕の蓋を買いたいという人が予想より多かったことです。最初に準備していた蓋がなくなって、追加生産しました。一度買ってくれた人から、甕はもう家にあるからパンだけ買いたいという声もあって、パンだけの販売もしています。
──今後、どのような展開を考えていますか?
いずれは通販での販売もできないかと思っています。今は「TOKONAME STORE」で土日だけ、インスタグラムのDMで申し込んでもらう予約販売をしています。これは焼き物とも共通した考えで、作ったものは必ずお客さんの手に届いてほしいからです。
「かめパン」を焼くワークショップもやりたいと思っています。味噌のワークショップをしていたら、かめも自分で作りたいという人も出てきたりしました。同じことがかめパンでもできるかもしれません。多くの方に古くからある焼き物の道具に興味を持って、使い続けてもらう。そのきっかけに「かめパン」がなればうれしいと思っています。
茶色い甕を見て、おばあちゃんが使っていたことを思い出した人もいるかもしれませんね。
焼き物である甕にいれて焼いたパンがしっとり焼き上がると知って試してみたくなった方は、愛知県常滑市に出向いて、まずは「かめパン」を買ってみてはいかがでしょうか?
■TOKONAME STORE
- 住所
- 愛知県常滑市原松町6-70-2
- TEL
- 0569-36-0655
- OPEN
- 11:00〜18:00
- 常滑 窯元がつくる かめパン