上林剛典さん、須藤慧さん(「plat」経営)
époque par plat(東京都世田谷区太子堂)
2019年4月、当時東京では例のないクロワッサン専門店「plat」が世田谷区三軒茶屋の住宅街にオープンしました。「plat」は経営母体が建築事務所で、パン屋での修行経験がない人が製造を担当しているというところもユニーク。外側はざくさく、中はもっちりしたクロワッサンは、近所の常連さんからSNSで知ったという10代まで、ファンが増えていきました。そして2020年12月には2店舗目「époque par plat」を三軒茶屋駅から近い場所に開くに至りました。そもそも建築事務所がクロワッサン専門店を開くことになったのはどうしてなのでしょうか?
- 〒154-0004 東京都世田谷区太子堂4-25-6
OPEN 水~金曜日10:00~14:30、土日10:00~16:00
定休日:月・火曜日
※店舗や商品に関する情報は直接お店にお問い合わせください。
人気商品
- クロワッサン クラシック 350円
- アーモンド 490円
- チョコレート 450円
代表 上林剛典さん
一級建築士。建築家としてアパレルの展示会、飲食店や個人宅など幅広く空間のことを考えて設計を行なっている。2018年12月に自らの事務所を法人化し、アトリエと同じ場所で飲食店を開業することに。
製造担当 須藤慧さん
ル・コルドン・ブルー・ジャパンでパンのディプロマを取得後、「パンとお菓子の教室 ドレオフール(スドベーカリー)」としてパンとお菓子の教室を開く。知人だった上林さんと2019年4月にクロワッサン専門店「plat」を開業。
例えばクロワッサンがジュエリーのように売られているようなこと
──どうして建築家である上林さんが、クロワッサン専門店を開くことになったのですか?
上林さん(以下敬称略) これから長く建築の仕事をする上で、できたもののその後のことを知らずにはいい設計ができないという考えがありました。アトリエの場所を探していたとき、今の本店のある場所が気に入ったんです。飲食店をやるには向いていない場所ですが、広かったので興味のあった食のお店をやろうかな、と。
そうはいっても居酒屋やカフェより、アウトプットが造形的なものを作りたかったんです。それで周りに声をかけてみたら、パンだったら作れるという雰囲気になりました。
須藤さん(以下敬称略) その頃食パン専門店ブームで、なにかひとつに特化した専門店はいいねということになりました。パン屋さんといえば、バケットとクロワッサンが2トップ。どちらもこだわりが出しやすくバリエーションも増やしやすいパンです。地域に開かれた店にしたかったので、より食べやすいクロワッサンでいこうということになりました。
上林 クロワッサンは知れば知るほどおもしろいですね。特に海外視察で魅力に気付かされました。ヨーロッパとオーストラリアに視察に行って、特にオーストラリアのメルボルンがおもしろかったです。クロワッサン専門店「LUNE」(※)は、斜向かいにルイ・ヴィトンがあるような場所にあります。クロワッサンと高級ブランド、その等価性におもしろさを感じました。
日本でもそういうものもあっていいじゃないか、と。ジュエリーのような特別感を日常を溶け込ませた美しいクロワッサンで人を感動させたい、そう考えています。
※メルボルンの文化発信地、フィッツロイに本店を持つクロワッサン専門店。高級ブランドが立ち並ぶCDB地区に支店を持つ。
──”日常的”と”特別感”、相反する概念ですね。
上林 パン屋さんは朝早いし、人件費も高くてたいへんな業界ですが、ちょっとした気遣い次第で魅力の伸び代がまだまだあると思います。特にクロワッサンは作品性がありますよね。最初に「クラシック」を試作したときは、ペタッと細長い形状だったので、とりあえず高さを上げてくれと指示しました。ソフトボールのような形に近づけてほしい、と。そのほうがおいしそうだし、想像が膨らみそうな感じがしませんか?(笑)
須藤 開発にいちばん苦労したのはやはり「クラシック」で、こだわりが詰まっています。何度も試作してはスタッフみんなで試食していました。
──専門店だけあって、クロワッサンの種類が豊富です。本店のオープンから2年ほどですが、この間に何種類ぐらい開発したのですか?
須藤 これまでの約15種類のクロワッサンを作ってきました。夏に販売した「レモン」は、生地にレモンのゼスト(レモンの皮をすりおろしたもの)を練り込みました。初めはクリームを入れてみたりもしましたが、シンプルなのがいちばんということで、クリームなしに落ち着きました。
──須藤さんはパン屋さんで修行経験はなく、学校で勉強されたのですよね?
須藤 学校で学んだフランスの伝統的な作り方や、ベースを守りながら自由に作ることにしています。むしろパンを作ったことのないスタッフの意見の方がおもしろいこともあります。「いやいや、それは」と思うことも試してみるとおいしいことも多くあります。味のこだわりはもちろん見た目もアレンジして、本店はまるでラボです。
店頭に並べるクロワッサンは焼き上がりから3時間までという特別感
──オープンから2020年6月までは土日のみの営業でしたが、2020年6月からは水曜日から日曜日の営業になりました。お客さんの反応はいかがですか?
須藤 平日と土日はお客さんの層が違いますね。平日に営業するようになって初めてお店を知ってくださった方もいます。休日はたくさん買ってくださる常連さんもいますが、平日はドリンクとクロワッサンを買ってさっと立ち去るお客さまも多いです。
上林 今はイートインはやっていませんが、ある日はSNSでお店を知ってくれた学生たちがたくさん来てくれて、翌日には口コミで知った40代や50代の方でいっぱいになったりしました。目の前でそういう不思議なことが起こることに楽しさを感じています。
ご近所のおじいちゃんやおばあちゃんは、はじめ「おいしそうだけど高いね」と言っていたけど、一度食べたら「高いけど、おいしいから」と買いに来てくれます。
僕は仕事でアパレルにも関わっていますが、2020年はコロナ禍でアパレルの実店舗のお客さんは減りました。一方で「plat」にはお客さんが来てくれます。特別なものを売っているのには変わらないのに、洋服は日常ではなく、クロワッサンは日常だから。今はそういう時代ですね。日常的なものを売っているお店がちゃんとしなければ、実店舗は意味を失ってしまうのかもしれません。
──日常的であることと特別感があること。両方を兼ね備えるクロワッサンのお店として意識していることはありますか?
須藤 店頭で販売するクロワッサンはオーブンから出して、30分から3時間までのものに絞っています。焼き立てだとベタついてしまいます。3時間経ったらそれ以降は下げています。小さな店だからできることですが、小ロットで焼き続けているのでその分忙しいです。
冷凍通販の場合は、3時間置いてから冷凍するといちばんおいしいことがわかりました。買ったものを翌日食べる場合は、トースターをまず5分ほど予熱した後、スイッチを切った状態の庫内にクロワッサンを5分ほど入れておくと、焦げずにおいしくなりますよ。
ケーキと同じくパンをギフトにするような想像力の後押しがしたい
──通販といえば、ボックスが素敵ですね。スリットのデザインでクロワッサンが表されていて、さすがにおしゃれです。
上林 箱に穴を開けたのは、クロワッサンの蒸気を飛ばすためです。密閉の箱だとベタついてしまいます。実はギフト専門の店にすることも考えていました。ギフトは大切な人に渡すも、素敵なものですよね。ケーキをギフトにするのは当たり前なのに、パンにはギフトの発想があまりありません。別にパンがギフトでもいいはずなのに。その想像力を少し後押ししてあげるのが、この店でやりたいことです。
お店のデザインも足を踏み入れたときにパン屋なのにパン屋じゃないみたいな違和感を感じてもらえるようにしています。
──これから「plat」としてチャレンジしたいことはありますか?
須藤 2月に数量限定の「タンシチュークロワッサン」を発売します。クラウドファンディングを企画した曙橋の人気の焼肉屋さん「焼肉ヒロミヤ」とのコラボ商品です。他にも「焼肉ヒロミヤ」とのコラボ商品として「肉味噌のクロワッサン」を販売していて好評です。
上林 「肉味噌のクロワッサン」は意外な組み合わせですが、感動するぐらいうまいです。これからもいろんなブランドと意外性のあるコラボができればと思っています。そういう活動を通じて、買ってくれる人の想像力を刺激する空気を作って、パンやパン屋さんの価値を底上げすることに繋げていければいいですね。