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多くの人を魅了する、独自製法の高加水パン 福岡市「painstock(パンストック)箱崎本店」
パンやの夜明け

多くの人を魅了する、独自製法の高加水パン 福岡市「painstock(パンストック)箱崎本店」

辻 美穂
辻 美穂

地方都市にありながら、パン好きのみならず、パン業界でも注目を集めている「painstock(パンストック)箱崎本店」。すでに全国的な有名店ですが、あらためて独自製法が生み出すパンの魅力や、パンづくりに対する思いなどを、オーナーシェフの平山哲生さんに、直接うかがってきました。

painstock(パンストック)箱崎本店

福岡市中心部から少し離れた住宅地にある店ながら、オーナーシェフ・平山哲生さんが生み出すパンに魅せられた人々が、全国から訪れるという人気店。店内奥まで続く平台には、毎日100種ものパンがずらりと並びます。なかでも「めんたいフランス」は、1日600本以上、多い時では1000本以上出ることもあるという、不動の人気商品です。

─おすすめ商品TOP5─
・めんたいフランス
・キビック
・アールグレイとホワイトチョコ
・バンドミ フランス
・クルミとレーズンのルヴァン

オーナーシェフ 平山哲生さん

パンストック

福岡県出身。大学卒業後、福岡の「パン・ナガタ」勤務でパンの道へ。2002年からはフランス・パリの「ル・グルニエ・ア・パン」での研修や、「ユーハイム・ディー・マイスター」、「ダンディゾン」など東京の有名店に勤務ののち、ふたたび「パン・ナガタ」でパンの技術をさらに深めていった。2010年7月に独立し「パンストック箱崎本店」をオープン。2019年8月には、福岡・天神に2号店「stock」をオープンした。2020年5月には「パンストック 長時間発酵のパンづくり」(柴田書店)を上梓。独自のパン製法を惜しみなく披露している。

ストックできておいしいパンをつくるために

──お店のコンセプトや製法を教えてください。

「パンストック」という店名にあるとおり、“自宅でパンをストックして毎日食べていただきたい”という思いがあります。なので、できるだけおいしく保存がきくようなパンづくりをしています。

僕の基本的なパンづくりの考え方は3つあります。まずは、「長時間熟成」をすること。長い時間かけてしっかり粉に水を吸わせながら、ゆっくり発酵させて、うまみを引き出しています。小麦も酵母もパンに合わせて使い分けていますが、膨らみすぎてパサパサにならないよう、酵母の量は少なめにすることで、しっとりと仕上げています。

2つめは、“自分の子どもに食べさせて恥ずかしくない”パンづくりをすること。時間や手間をかけることで、 添加物を使わなくても保存性がよく、しっとりもっちりしたパンを作りたいと思っています。そのために、自家製の「ルヴァンリキッド」や「でんぷん(湯だね)」を使っています。おいしく仕上がるのはもちろん、作業性もよくなるんです。

3つ目は、「高加水」での生地づくりをすること。水を多く入れることでグルテンができすぎず、口溶けがよくなるんです。パンになるかならないかというギリギリのラインに、パンのおいしさがあると僕は思っています。

ただ、口溶けがいい生地は組織が弱く潰れやすいので、不細工な形に焼き上がる可能性があります。いっぽうで、きれいに焼き上がっても、生地が強すぎてグルテンっぽい味になってしまうことも。粉はいつも同じ状態ではないですから、非常に難しいです。

組織が潰れるか潰れないかというギリギリのあたりを狙って、その狭い道をうまく歩きたいなと、日々葛藤しながら試行錯誤しています。

この3つが、僕の基本的なパンづくりの考え方です。

パンストック

パンづくりは、やってみないとわからないところが今でも多いと語る平山シェフ。うまくいくと自分を褒めて、ダメだった場合は気持ちを切り替えて、日々のパンづくりに向き合っているそう。

「パンストック」の代表的なパンの秘密に迫る

──店名と同じ「パンストック」というパンがありますね。

「パンストック」は、ブラウンブレット(全粒粉を使ったパン)のひとつで、「パン・オ・ルヴァン」とも呼ばれているものです。

一般的な「パン・オ・ルヴァン」は、すごく固くパサついていて、酸味の強いものです。しかし、フランスの「ジュリアン」という店で売っていた「パン・オ・ルヴァン」は、すごくしっとりして、皮も薄くてやわらかく、衝撃を受けました。「パン・オ・ルヴァン」でもやわらかく作っていいんだと。それを日本で実現したいと考えたのが、「パンストック」です。

「パンストック」は、当店の製法の原点となっているパンです。全体をしっとり仕上げるために、ギリギリまで加水しています。全粒粉のでんぷんを加えるだけでは足りないので、「ライフレーク(ライ麦を押し麦のようにしたもの)」を熱湯で浸したものを加えています。これらの材料だけでは、生地のグルテンが足りないので、「ルヴァンリキッド」を加えて口溶けをよくしたり、さらにでんぷんを足したりと、工夫しています。

おそらくフランスではそのような作り方はしていないと思いますが、フランスと日本では小麦粉の性質も違うと思うので、僕なりにいちから考えて、試作を繰り返し、現地のものに近い食感にするために試行錯誤しました。

──「パンストック」の生地で作っているパンもあると思いますが、特におすすめはありますか。

「くるみとレーズンのルヴァン」です。組み合わせとしては世界中どこにでもありますが、定番を出すのもいいなと思い、当店でも作っています。

ただ、フランスでは全然売れていなかったんです。10個出して8個残るみたいな。もともと、パサパサで固いパンですから、向こうでもマニアックな人しか買わなかったんですが、当店では1日20個とか30個とか売れています。

自分自身もおいしいと思えて、幅広い人たちが食べられるようなパンを作れば、福岡市の中心部から離れた場所でも買いにきてくださるんだと思いました。場所は言い訳にならない、お客様はとにかく味なんだとあらためて感じました。

──大人気の「めんたいフランス」についても教えてください。

オープン当初、バゲットと「パンストック」をメインに作っていきたかったんですけど、どちらも売れなくて。どうしようかなと悩んだ時に、“バゲットがあるから、何か挟もう”と思って、いろいろはさんでみた結果、一番売れたのが「めんたいフランス」でした。

実は独立するまで、「明太フランス」を一度も作ったことがなかったんです。最初は明太子もマヨネーズもバターも一般的なものを使っていたのですが、やるならきちんとしたものを作ろうと、自分自身が食べてみて気になる材料を、10年かけて少しずつ変えていきました。

「めんたいフランス」はB級というイメージもありますが、きちんと作れば、そのイメージを払拭できるはずだと思いました。ありがたいことに、多くのお客さまにお求めいただくようになりましたが、今でもいい材料を見つければ変えて、さらにおいしいものを目指しています。

食パンでは「パンドミ フランス」とともに人気なのが「パンドミ ドイツ」です。東京の「ユーハイム・ディー・マイスター」で働いていた時に、「ヴァイツェンブロート」というはちみつとヨーグルトを使ったドイツパンがあったのですが、今まで出会ったパンの中で一番いい香りで。この香りを主役にしたいと作りました。

ただ、味がたんぱくだったので、きび糖を加え、長時間熟成のうま味ときび糖独特の濃いうま味が加わった、味わい深いものに仕上げました。

あとは「キビック」もおすすめです。子どもの頃からクリームパンが好きなので、誰でも食べやすく、よりおいしいクリームパンをと作りました。きび糖100%のカスタードなので「キビック」と名づけたのですが、ちょっと味が濃いと思ったので、今はグラニュー糖ときび糖を1:1で作っています。

たまたま貝殻の形になったのですが、かわいいですし、子どもにも食べやすい大きさです。カスタードはたっぷり入っていますが、生地とのバランスがちょうどよいのではないかと思います。

憧れは師匠でもある有名シェフ

──平山シェフは、どのようなきっかけでパン職人を目指されたのでしょうか。

僕は、もともと食にはあまり興味がなくて、どちらかというと洋服やバイクなどが好きだったんです。でも、たまたまパン屋さんで働き始めたら、その職場にはいい職人さんがたくさんいらっしゃって。

自分も、ほかの職人さんたちと同じようにできるようになりたいと思って頑張っていたら、いつの間にかパン屋になっていました。

パンストック

パンづくりに出会ってから、その魅力にどんどんハマってしまった、と平山シェフ。

憧れは、「シニフィアン・シニフィエ」のオーナーシェフである、志賀勝栄さんです。「ユーハイム・ディー・マイスター」の時に、志賀さんの下で働いていたのですが、とっくに完成されたパンを作っているのに、常に新しいものを考えていらして。ご年齢も僕より20歳ぐらい上なんですが、今でも夜の11時頃から翌日のパンを焼き始めていてすごいなと。技術だけでなく、その生き方にも憧れています。

原点であるパンを大切に、自分に恥ずかしくないものを

パンストック

──平山シェフにとって、理想のパンとはどんなパンですか?

ブラウンブレッドですね。「パンストック」のようなパンをもっと作っていきたいと思っています。

僕たちはパン屋は、外国の主食を作っています。日本でいう白米です。なので、パンの原点であるブラウンブレッドも大事にしなければならないと思っています。ブラウンブレッドは、パン屋の魂みたいなものですから。

先日も外国人がいらして“ブラウンブレッドはないの?”と聞かれたんですけど、ちょうど作る量を減らしていて、切らしてたんです。でも、それはよくないなって。この仕事をしていて、あるべきパンの無いパン屋って恥ずかしいなと反省しました。

日本では、まだまだ好まれないところもあるので難しいですが、売れるパンも作りながら、原点であるパンも大事にしていきたいと思います。

パンストック

“これからも日々研究しながら、目の前にある課題にも向き合い、自分に恥ずかしくないものものを作っていきたい”と平山シェフ。手にしているのは、 試作の「一升パン」(2,160円※事前予約で購入可能)です。


気がつくとまた食べたくなってしまう「パンストック」のパン。それは、誰でもおいしく食べれるようにというシェフの想いが詰まっているからなのだと、お話をうかがいながら感じました。

ここから巣立った職人たちのお店がそれぞれ人気店となるなど、パンのおいしさだけにとどまらない魅力がまだまだある「painstock(パンストック)箱崎本店」。パン好きにとっては、これからも注目していきたいお店です。

■パンストック箱崎本店

住所
福岡市東区箱崎6-7-6
電話番号
092-631-5007
営業時間
10:00~18:00(パンが売り切れ次第閉店)
定休日
月曜、第1・第3火曜
オンラインショップ
https://painstock.theshop.jp/

WRITER

辻 美穂

辻 美穂

とにかく食べること、飲むことが好きで、異業種から食の業界へ転職をとフードコーディネーターの学校へ。複数の調理現場でバイトしたあと、菓子とパンの会社で商品企画の仕事に就く。自社パンのおいしい食べ方をあれこれ試しているうちにパンの魅力にハマり、その後ライター活動を始めてからも、そして活動拠点を福岡に移した2013年以降も、仕事のついでに気になるパン屋へ立ち寄り、新たなパンとの出合いを求め続けている。最近気になるのは、自分の体重と屋根で勝手に居候するスズメたちのこと。

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